Tutorial 正丁の呟き

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窮鼠(きゅうそ)

2015-06-15 Mon 23:55

追い詰められないと力が出せない、
切羽詰まるとやる気がでるんだけど、
…などとうそぶく学生がいる。
(実は、追い込まれるとギブアップしがち)

それは、なすべきことが明白なことなのに
単に、その実行を遅らせていただけのこと。

選択肢が様々に考えられている場合、
追い詰められた状況下で、適切な判断は難しい。
先が見通せないために、手近な損得に
委ねて決断を急ぎがちである。
(その状況から早く逃れたい思いが作用する?)

しかし、そうした追い込まれた時に下した
判断は、大抵の場合、後になってみると、
悔やむことが多いような気がする。

決断を遅らせることができたはずなのに、
この機会を逃せばきっと後悔する、と思い込み
無理に自分を納得させているのではないか。
追い込んでいるのは、自分自身のことが多いのだ。

迷った時には、立ち止まる。状況を見守る。
それは勇気のいることだが、そうした冷静さが、
結局のところ、良い結果につながる、と信じている。

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自分の評価

2013-11-03 Sun 03:03

他人からの評価が気になる、と言いますが、
実は自分が自分を評価するのです。

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自暴自棄になった人には、他人の眼は気になりません。

むしろ、驚き蔑(さげす)む周りの人々の眼が、
投げやりな気分を却って増幅させる場合も多いそうです。

そうした特殊な例を除けば、大抵の人は周りの人たちから
よく思われる自分になりたい、と密かに願っているのです。
願うからこそ、他人の眼・他人の評価が気になるわけです。

つまり、問題は他人ではなく、自分自身にあるのです。

どういう自分になりたいかが、はっきり見えていると
良いのです。自分と向き合い、望ましいと思える自分像を
持っている人は、どのような環境・状況に置かれても、
考えに迷いが生じません。
あるべき自分と、今ある自分との差異を埋めるために
どうすればよいかを常に模索するからです。
(先人たちの偉業を知り、また様々な伝記や歴史書を
 読むことは、人格形成に深く関わっているのだろうね)

今、何が流行っているか?トレンドは?…と
自分のことを深く考えもせず、ネットで常に
自分探しをしている人たちへ、尋ねてみたいものです。
すでに君たちは、自分を見失っていませんか?…と。



やはり、渋沢栄一のことばは重いです。
渋沢栄一
夢なき者は理想なし
理想なき者は信念なし
信念なき者は計画なし
計画なき者は実行なし
実行なき者は成果なし
成果なき者は幸福なし
ゆえに幸福を求むる者は夢なかるべからず。
一人ひとりに天の使命があり、
その天命を楽しんで生きることが、
処世上の第一要件である。


埼玉県深谷市の渋沢栄一ミュージアム
必見!渋沢栄一のすべてがわかります。
これぞ日本を代表する偉人の一人です。
これは、もう行くしかないですって。

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正しい選択はない

2013-07-06 Sat 08:00

生きることは、常に取捨選択の毎日である。
しかも、選択肢はどんなに多数あろうとも、
最後には二者択一に迫られることになる。

たとえば、「好きな色は何?」と問われたとき
あなたはどう答えるだろうか。(私はすぐに、
ラピスラズリの青色!と答えることができるが・・・)


特定な色の好みなど
考えてもいない人にとって、
何が決め手になるのだろうか。

明るい色と暗い色のどっち? 
原色に近い色か、柔らかな中間色か?
など徐々に選択肢を狭めてゆくだろうが、
最後には、…これと…あれと、
…さあどっちにしよう、と悩むことになる。

そうして、最終的に選ばれた色は、
はたして「最も好きな色」となっているだろうか?



とことん考え抜いて選んだとしても、
「正解」と異なることが少なくない。
ましてや、予測不可能な将来を予測しつつ、
「正しい進路」を選んでいくことは、不可能に近い。

ところが、ほとんどの人は進路に悩みながらも、
半ば満足できる地位や状況にいるのではないだろうか。
それはなぜか?

おそらく、迷ったときには、多くの人が選択する
「太い道=常識的な選択」に従っているからだろう。
太い道は、過去に多くの人々が通った、という
高い安全性に支えられているからである。

自ら進んで小道に、または未踏の地に足を踏み入れた者は、
相当のリスクを覚悟しなければなるまい。しかし、
思わぬ発見や体験を手にする可能性が多く秘められている。

安全性を採るか、可能性を採るか。
そこに、二者択一の原点があるように思われる。

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蛹(さなぎ)のとき

2013-03-20 Wed 00:00

「こんな勉強が何の役に立つのか」という素朴な質問に、
親も教師もたじろぐことがある、と聞く。

 一見役に立たないことが、実は非常に意味深いことで
あることを、知らなくてはならないと思う。

逆説的にいえば、「意味のあること」だけで、
毎日を過ごしていけるだろうか。
そんな計算づくの人生はありえるのだろうか、
と気づくべきである。

 悶々として、結果の表れない毎日。
しかし、内部では確実に何かが変化している。
今までにない、大きな変化を生む「もがき」の
連続ではあるが、外から見れば何の変化も見えない。

さなぎ
しかし、その内部では着実に
「その時」に近づいてゆくのである。
そして、あるとき、状況は一変する。
その変化に人々は驚き、
何が起こったのか
といぶかしがる。その一瞬の変化を、
蛹たちはじっと待って、
もがき苦しむのである。

私たちはその変化を、一定の距離感を保ちながら、
じっと見守っていれば良いのである。

見守り方、距離感の取り方は意外に難しいものであるが、
少なくとも、蛹の殻を早計に割ることは、余計な手出し
というべきものである。

ものには適時がある。その適時は環境によって皆異なる。
至極当然なことであるが、人はその基本的なことさえ忘れ、
すべてが思いのままになると過信してはいないだろうか。
人は謙虚な気持ちで自然から学ばなければならない。
とるに足りない昆虫の生き様からも、学ぶことは多い。

 だから、私から見れば、学生は蛹にほかならない。
成長した姿は美しいものであるが、それよりも、
学生は勉強する姿が最も美しい、と思う。

苦悩する学生の姿から学ぶことも多々ある。
彼らの内なる変化の予兆を見守り、あたため
支えていくのが、私たちの役割である、と考えている。

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勉強は役に立つか

2013-02-24 Sun 00:00

そもそも勉強とは何か? 

学生が行う「テスト対策」という狭い意味で考えてはならない。勉強は学ぶことと定義すれば、趣味や仕事や交際だって、みんな勉強ということになる。

勉強することは、関心が一つに定まっていること、と置き換えてみるとどうだろう。

たとえば、レースの編み物を独学で始めた場合を考えてみよう。最初は簡単なのだが、途中からなかなかうまくいかなくなる。どうしていいかわからない。試行錯誤を繰り返しているうちに、投げ出すか、何か方策を考えるかの二者択一に迫られる。

投げ出すのは簡単だが、どうも気分が思わしくない。重荷から開放されたという解放感の反面、逃げだした罪悪感のような後味の悪さがつきまとう。次にまた新たなことを始めてもまた途中で投げ出してしまうのではないか、という自分自身に対する信頼感の欠如につながりそうである。

やはり、大方の人は、できることなら投げ出したくはない、と思っているだろう。誰かに教えてもらう、詳しい教本を探す、編み物教室に通うなど、対処のしかたはさまざまある。レース編みという関心から遠ざからなければ、すべてが「勉強」する方向に向かうのである。そうして、習得段階の程度の差はあれ、ある到達点に達することができる。目的の美しいレースが完成した!という感動もさることながら、達成感が全身に満ち溢れる快感が大事であり、その快感は、また次なる「勉強」に駆立てる原動力となるのである。

だから、「若いうちにもっと勉強しておけば・・・」という言い訳は、「もう関心なくなっちゃって・・・」「どうせ途中で投げ出すから・・・」といったところが、本音なのかもしれない。

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仕事上、「学校の勉強って将来役に立つ?」とよく学生から尋ねられるが、答えは単純明快に、「NO」である。「ただし、教師や塾の先生、研究者などになろうとするなら、YESかな。」

「じゃあ、なぜ勉強するの?」に対して、「頭(頭脳)のトレーニングのためだから、速く答えを出す能力も、じっくり粘り強く考える能力も、鍛えなければ伸びないんだなぁ、これが。」と答えることにしている。

だから、頭をトレーニングするための「勉強」は、年齢に関係なく続けておくのが良い、と思う。投げ出したくなったときに、どうやって克服するのかを、「勉強」を通して体験を積んでおくことは、それこそ将来きっと役に立つと言えるだろう。

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